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このページは「屋形舟今昔」のトップページのコーナー『つれづれ』のバックナンバーをまとめています。

2008年三月のつれづれ

火消し壺火消しが出てきて

昔々に使っていた「火消し壷」通称「火消し」を撮ってみました。

「火消し壷」とは、燃えさしの炭や薪を入れ、ふたで密閉して火を消す壷のことを言います。

水を使わず、確実に消化し、この壷で消した炭は、消し炭と言われ、次に使う時は、火付けが良いので簡単に火熾しができるとても役立つ炭となります。

幼いころ、大きな竃(かまど)も、炭で熾す(おこす)堀り炬燵(こたつ)や火鉢もありましたから、確か台所のそばの物置に置いてあったような記憶があります。

鋳物で結構重く、持ち運びする物ではなく、この下に厚目の板が置かれていました。その板も一年経てば焼け焦げができ、新しい板に差し替えていたようです。

今でもよく覚えていることがあります。
炭を火熾し(ひおこし)で熾して台十能に入れてそれぞれの火鉢、掘り炬燵に運ぶ時と、火消しに入れるため、着火している炭を台十能で運ぶ時、座って動くことないようにと、それは口うるさく言われ続けました。

火熾しをしている最中も、火が飛ぶこともあるから、覗きこむことも許されず、きちんと正座して待っていたものです。幼い子供が火傷などしないための厳しさだったのでしょうね。

そのかわり、火鉢や、掘り炬燵に入った火を一生懸命に面倒みていました。

火箸と灰ならしを使って炭を足したり、灰をかけて弱火にしたり、回りの灰をきれいにしたり、面白くて、少しばかり責任を与えられた大人になったような気がしてうれしかったものです。

この火消しのふたに、「宝火消」と書いてあり、打ち出の小槌と千両の絵が、壷の周りには、鶴の絵が描いてあります。

大事に火を扱うためなのでしょうし、火を敬う気持ちがあふれている絵です。

昭和30年、40年代の船は、現在の屋形船と比べるとかなり小さく、冬には、釣り船も屋根船も、木の格子の中に手あぶり火鉢を置いて暖を取っていたものです。

小松屋で屋形舟を復活させた昭和52年から、数年間、この手あぶり火鉢が使われていました。

舟に空調設備が整ってからも、昔からのお客様は、この手あぶり火鉢を懐かしみ必ずいれていたものです。

当然のことながら、この写真の火消しも大活躍していました。

これからも、昔から舟で使っていた道具類をご紹介していきますので、お楽しみに。

純
2008年3月12日


白梅白梅の季節を迎えて

朝の薄曇りから、太陽が射しだしました。恒例の梅便りをお届けします。

今まで樹木を見ていて、面白いなといつも思うことがあります。

梅、海棠、木瓜の花が、一番最初に花開く時は、必ず、2輪咲くのです。

どうしてなのか、分からないのですが、3輪でも、1輪でもなく、もちろんもっといっぱいではなく、2輪寄り添うように、隣り合って咲くのです。

今年も異常気象の前触れなのか、毎年4月上、中旬に咲く木瓜(ぼけ)の花が2月中旬に2ヶ月も早く咲き始めました。不思議なこととよく見ていましたが、2輪だけ咲いて終わってしまいました。

そして、写真の白梅が次から次へと咲き始めた1週間前のこと。

朝、店を開けようとしたら、長年シャッターチャンスを待ち続けていた鶯が横たわっているのに気がつきました。

すっかり冷たくなっていました。
やはり、毎年訪れてきてくれたのかもしれない。とても臆病でなかなか姿を現さない鳥ですから。

かたい蕾の白梅も次々と花開こうとしているこの時季に、小さな鶯にそっと手を合わせました。

ありがとうね。そして、 また、鶯が訪れますようにと…

純
2008年3月5日

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